金沢まちなか彫刻 / 金沢市がパブリックアートに込めた想い / 「走れ!」&「やかん体、転倒する。」
街と作品が相互に絡み合う素晴らしさよ。
アートに力を入れる金沢市
石川県金沢市。2015年3月から東京ー金沢間の北陸新幹線開通も相まって、日本の人気観光地として発展し続けている。名所といえば、歴史ある"金沢城"や"兼六園"、古い街並みを堪能できる"ひがし茶屋街"、そして、日本海の幸を堪能できる"近江市場"など、見て・感じ・食べて・楽しめるモノコトが豊富に揃っている日本を代表する街である。
金沢市はアートにも力を入れており、その代表格は"21世紀美術館"だろう。21世紀美術館は、2004年10月にオープンし、レアンドロ・エルリッヒ「スイミング・プール」 、ジェームズ・タレル「ブルー・プラネット・スカイ」 、ヤン・ファーブル 「雲を測る男」など、建物と空間と作品がそれぞれに連動しながら、今でも人々に驚きや発見を与えている。また、日本伝統工芸の一つである「加賀友禅」を現代で感じられるワークショップや体験も盛んに行われ、歴史の中からのアートの理解も進んでいる。さらに、近年は様々なクリエイターが金沢を拠点として活動をしていたりと、今後よりいっそうアートの盛り上がりがあることだろう。
金沢市がパブリックアートに込めた想い
そんなアートを強く推している金沢市は、「まちにアートを感じ、魅力あふれる都市空間を創出する」ために、2000年以降パブリックアートに力を入れ始める。パブリックアートとは、公共的な空間に設置された芸術作品の意味で、公共空間の魅力を高めることを期待して設置されるものを指す。しかし、パブリックアートには以下のように様々な問題や課題があり、金沢市は頭を悩ませることになった。
金沢のパブリックアートが抱える課題
1, 「パブリックアートの全体像把握が困難」
金沢のパブリックアートは、大部分の作品が任意に設置されており、個々の設置コンセプトや全体像との関係が把握しにくい。
2, 「作品が中心市街地に集積設置されている現況」
金沢のまちの顔とも言うべき中心市街地において、総合的に検討されたエリアごとのコンセプトがなく、単に作品が集積設置されているという印象が強い。
3, 「環境や景観との不調和(空間的要因)」
作品は芸術として設置される故に移設や撤去が困難であるため、時代を経るごとに作品数が増え、環境や景観との不調和が生じている。
4, 「都市環境の変化や時代感覚にそぐわない状況(時間的要因)」
時代の進展に伴い、設置された作品が、都市のスケール感に合わなくなっている。また、区画整理事業の記念碑として設置された作品には、時代感覚に合わないものも見られる。
5, 「施設配置、スペースとの不調和(場所的要因)」
建物竣工記念作品の設置や寄贈作品など、施設の配置計画やスペースと調和がとれていない設置例も見られる。
6, 「市民に親しまれにくい作品の設置場所」
パブリックアートでありながら、市民に周知されていない作品がある。 作品が目につきにくい場所に設置されているため、作品の魅力が伝えられない場合がある。
7, 「彫刻作品の不十分な保守管理」
全般的に彫刻作品と周辺の保守管理が十分とは言えず、作品の劣化や汚れが懸念される。また、植栽の陰になり作品が見にくい場所もある。
それら問題点を解決するため、2005年4月、金沢まちなか彫刻設置委員会は「金沢まちなか彫刻設置基本方針」を市の基本方針に掲げ、活動を始めた。基本理念と基本方針を以下の通りである。
金沢まちなか彫刻設置の基本理念
「金沢のまちの魅力にアート(彫刻)のレイヤー(層)を重ね合わせる」
これまでの歴史の中で、時間をかけて形成され、培われてきた金沢の重層的な「まち」の魅力である「用水・みち筋」「こまちなみ」「斜面緑地」 「寺社風景」などに「彫刻=パブリックアート」という魅力を重ね合せる。また、金沢の個性を磨き高め、風格あるまちづくりと美しい景観形成に厚みを加えていく。
金沢まちなか彫刻設置基本方針
1. 環境にふさわしい彫刻作品の設置
2. 新設作品の設置のあり方
3. 既存作品の再構成のあり方
4. 彫刻のあるまちづくりの重点的な推進
5. 世界に開かれた公募参加方式の彫刻設置
6. 市民に親しまれる彫刻愛護の推進
金沢・まちなか彫刻作品・国際コンペティション
そのようにパブリックアートに力を入れ始めた金沢市は一つの国際的なコンペティションを行った。それが「金沢・まちなか彫刻作品・国際コンペティション(KANAZAWA MACHINAKA SCULPTURE COMPETITION、以降"KMSC")」であり、2004年と2006年に行われた。KMSCは、21世紀美術館のオープンや、金沢駅東広場の整備の完成に合わせて行われ、日本以外の国々からの作品も募集された。応募総数は約500弱。晴れてKMSCにて最優秀賞または優秀賞を取ると、賞金がもらえるだけでなく、金沢駅から21世紀美術館を結ぶメインストリート沿いに表彰彫刻作品が設置されるという、アーティストにとっては願ってもない特典が付く。審査員も金沢美術工芸大学と東京藝術大学の学長や、金沢21世紀美術館館長など、金沢市の本気度を感じる。2004年と2006年の2回以降実施しなくなってしまったKMSCではあるが、魅力ある街並みの形成と賑わいの創出に大いに貢献しただろう。
2006年審査員(五十音順・敬称略)
妹島 和世(建築家/SANAA代表)
平野 拓夫(金沢美術工芸大学 学長)
福田 繁雄(グラフィックデザイナー)
蓑 豊(金沢21世紀美術館 館長)
宮田 亮平(東京藝術大学 学長)
そこで今回は、2004年と2006年の最優秀賞の作品を紹介していく。
2004年最優秀賞:走れ! / 郡順治
KMSC 2004年の最優秀賞「走れ!」、作者は「郡順治」。香林坊街園の交差点部分に設置されている。
郡順治は、1968年生まれ、愛媛県松山市出身のブロンズ像作家である。金沢美術工芸大学大学院鋳金コースにてブロンズ芸術を学び、卒業後は銅器原型製作職人に師事した。高い技術と情緒あふれる感性にて作品を制作し、KMSCだけでなく高岡クラフトコンペなど多数の受賞歴がある。作品は、KMSCの「走れ!」、兵庫県シスメックス・テクノパークにある「走」、少女と小動物の憩いの瞬間を象った「愛」や「友」、国宝 菩薩半跏像などを縮小し再現した作品など、様々な作品がある。また、広島県広島市のマツダスタジアムにある彫像「広島カープ誕生物語」の原型作者としても知られている。現在は、故郷である松山にて工房を営みながら、作品を作り続けている。
そんな「走れ!」について金沢市は以下のように説明している。
既成概念を打ち破るような新しい価値観が、金沢から、どんどん生まれてくることを願い、力強く走り出そうとする様を形にし制作された作品である。未来に向かって躍動感あふれるダイナミズムな作品で、分かりやすく、明るく、親しみやすい。金沢21世紀美術館の開館にあわせ設置。
交差点の一角に顔のない足を広げた存在がそこにある。まるで重力を感じないように身軽に、今にも動き出しそうな表層をしている。新しいモノを作り、新しいコトをしていくには考えているだけでは進まない。走れ!ほど大きな一歩でなくていいから、少し前に進んでみることが大切だ。きっと一歩進むとさっきまでとは違う景色が見えてくるはずだ。
2006年最優秀賞:やかん体、転倒する。 / 三枝一将
KMSC 2006年の最優秀賞「やかん体、転倒する。」、作者は「三枝一将」。金沢駅東広場のバス停の近くに設置されている。
三枝一将は、1971年生まれ、神奈川県横浜市出身の彫刻作家である。東京芸術大学大学院美術研究科鋳金専攻を終了し、2014年には文化庁新進芸術家海外派遣研修員としてイタリアで見聞を広げた。作品は、今回の「やかん体、転倒する。」や、バナナをモデルにした「黄銅の薄し実芭蕉」などがあり、個人的には日常に馴染みある物の空間を操り、日常から非日常へと見ている人を誘ってしまう強さがあるように感じている。
「やかん体、転倒する。」は、幅2.4メートル、高さ1.7メートルの真鍮製。金沢市は以下のように作品を説明している。
普段何気なくある「やかん」を、パブリックな場にひきのばすことの単純な対比の面白さや視覚性の面白さを表現し、地域の皆様から、愛着を持って頂ければと思い制作された作品である。日常品の中に芸術性を見出し、日常生活と芸術の橋渡しとなる作品で、温もりがあり、金沢を訪れる方々にまちの温かさを伝えることができる。
おそらく完成当初はもう少し明るいブロンズ色をしていたのだろう。しかし、太陽を浴び、雨に打たれの日々を過ごしている内にドンドン色合いが色あせていったことがうかがえる。それはまるで普通のやかんが各ご家庭で使い込まれていくように、日常に馴染んでいくような感覚と似ているのかもしれない。
また、渋谷駅ではハチ公前で待ち合わせするように、名古屋駅では金の時計前で待ち合わせするように、金沢駅の人々の馴染みの場所がやかんの前になっているのだとしたら、日常に入り込むことにも成功している。良いパブリックアートとはそういうものなのかもしれない。
金沢市が抱えるパブリックアートの課題を知ったとき、自分の中ですごく納得したことがあった。今まで各都市で様々なパブリックアートやモニュメントを見てきたが、心に残るものと残らないものがあった。しかし、これまでその理由を明確に言えずにいた。作品として差があったかと言われればおそらく違う。作りが凝っていたり、工夫が見えたり、感情的だったり、各作品には各作品の良さがあった。けれど、グッとくるものとこないものがあった。
きっとその理由は、「都市や街としてコンセプトやテーマを持った上で、その作品を街の一部として置けているのか」ということだったのだと思う。作品は一つで輝くこともできるが、街と作品が相互に関わり合うことで、より一層街も作品も輝くことができるのだ。
親しみやすさや温かみがあるってことが長く作品が愛される秘訣なのかもしれない。
もちろん媚びることなく、自分の軸は曲げずに。
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*引用・参考
・ コンペ入賞作品
・金沢・まちなか彫刻作品・国際コンペティション 2004 募集要項 | コンテスト 公募 コンペ の[登竜門]
・三枝 一将 | KOGEI Art Fair Kanazawa 2017
・三枝 一将 | KOGEI Art Fair Kanazawa 2017
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