"鬼ヶ島公園" 春日井市 / コワモテ赤鬼とスレンダー青鬼 / なぜ海もない地に"鬼ヶ島"と名付けたのか?
海もない、島もない、そんな場所に「鬼ヶ島」。
ニュータウンの町中に「鬼ヶ島公園」
愛知県春日井市。名古屋市の北東部に位置し、平野や丘陵が広がる地域。名古屋からの利便性を活かして、1968年ごろから「高蔵寺ニュータウン」というベッドタウンとしても多くの人々が住み始めた。日本では二番目に古いニュータウン開発の地域となる。
そんな海とは関わりのない町の中に「鬼ヶ島公園」という小さな公園がある。完成は1987年(昭和62年)3月から。入り口の看板は寂れて、文字が読みづらくなっている。
中に入ってみると普通の遊具があるかと思いきや、何やら怪しげな物体が2体いる。赤い物体と青い物体。。。なんだあれは??
赤鬼はギラギラムキムキ
まずは赤い物体から近づいてみよう。この色合い、後ろ姿、たぶん
鬼だ!
右から見ても左から見ても、全身赤色で黒いこん棒を持った赤鬼。腰を下ろしあぐらをかきながらギラギラした形相でニラみつけてくる。しかもムキムキ。腰を下ろした状態で、1.8メートルから2メートルぐらいありそうだったので、もし立ち上がったらかなりの大きさだろう。
周りを一周したり、あぐらをかいた中に入ってみたり、間近でじっくりと見させてもらったのだけれど、これはトラウマになりそう。でもちょっとコワモテなだけで、なんだか優しげな感じもする。真相はいかに。
(ちなみに、monokannの甥っ子は鬼の写真を見せたら大泣きして、鬼を直接見たら木の枝で攻撃をしていたから、小さい子としては本能的に敵対してしまう存在なのかもしれない。)
青鬼はスレンダーポーズで待ち受ける
青い物体にも近づいてみると、こちらは青鬼!
黒目が両側に離れ、鼻は大きく、顎が出て、ちょっとムッとした顔をしている。でも、眉は細めで清潔感がある。(そういえば赤鬼は眉毛なかった。)赤鬼よりも顔のインパクトが強いので、余計に顔が大きく見える。
真横から見ると、巾着のような物を抱えながら、足をピンッと伸ばしてかなり苦しい体勢をしている。なんでこんな体勢をしているのだろう?
滑り台だった!これは感動した。子供達に背中を滑らせるために、健気にきつい体勢をしている青鬼さんには頭が上がらない。そして、「鬼の背中を滑り台にしよう!」と考えついた実行してしまった当時の公園課の方か制作会社さんも思い切ったことをしたもんだ。
滑り方は簡単。巾着袋に乗り、
青鬼さんの頭の部分から滑るだけ。滑る際は持ち手がないから気をつけよう!
なんで鬼ヶ島公園なのだろう?
園内のトイレの壁面にも絵が書かれている。トイレは一つだ。
「みんなで遊ぼう!夢の地 鬼ヶ島」
桃太郎・キジ・サル・犬がいて、真ん中にちょっと困り顔の赤鬼がさっきの青鬼の体勢をしている。先ほどの赤鬼や青鬼、この壁面も含めて、全体的に塗り替えが行われているようで、過去の写真よりかはかなり綺麗になっている。そういえば、なんでこの公園には桃太郎たちはいなくて、鬼がピックアップされているのだろう。そして、「鬼」の字が今使われている字とは少し違うことに気がつく。
トイレの裏側にも「鬼ヶ島公園」という記載。こっちの鬼の字も少し違う、旧漢字だろうか。
photo: ヤフオク! - 180608x 名古屋叢書 第6巻 地理編(1)
ではなぜ、海もないこの春日井市に鬼ヶ島公園と名付けられた公園ができたのだろう。春日井市役所 建設部 公園緑地課 施設担当さまに質問をしてみた。
monokann:「なぜ鬼ヶ島公園は、"鬼ヶ島"という名が付いているのでしょうか?」
施設担当さま:「こちらの公園は、当時区画整理が行われる際に築造した公園です。 鬼やトイレ壁面のデザイン、公園築造時の話や業者についての資料がなく、市でも把握していないのが現状です。」
photo: 源為朝 - Wikipedia
やはり昔の話で資料がないのか、残念。しかし、加えて春日井の鬼ヶ島伝説について書かれた郷土誌を紹介してくれた。
「鬼ヶ島と名付けられた話」1
話は平安時代の源為朝(ためとも)まで遡る。源為朝は、源頼朝の叔父にあたり、巨体・弓の名手などの噂があるほど英雄的な存在とされていた。そんな源為朝は伊豆半島にいる際、別の島があると気づき、たどり着いたのが鬼ヶ島の言い伝えがある島(今の八丈小島あたり)で、その島を武力で征圧した。今でも八丈小島には為朝の明神があるという。
「鬼ヶ島と名付けられた話」2
為朝の息子"鬼頭義次"にまつわる話。
為朝が伊豆大島にいた際、息子義次も一緒におり、為朝と同様に腕の立つ武人だった。最初の義次の性は「尾張」であったが、その強さを活かし鬼ヶ島を征圧し「鬼頭」の性を賜ったという。その後の室町時代まで、鬼頭家は国侍として武名を誇っていた。
※義次のお話はこちら 『金鱗九十九之 巻68』/ 桑山好之
"鎮西八郎為朝自殺のとき、妾既に懐妊して八月に及べり。彼妾其難を遁れ、上方に趣んと欲る道すがら、尾張国古渡の地に止り、ここにて一男子を産めり、是則ち尾藤次郎義次と号せり。強剛にして無法の人なり。百姓等是を歎きて、皇都に奏聞す。帝謀を廻らし給ひ、義次を内裏へ召されて、紀州焼山に悪鬼あり、それを退治せよと勅有て、その鬼のために義次を失はんとの事なりしが、義次はそれを不知、誠に討手と思ひ勢力はげみ安々と悪鬼を亡し、そが鬼の頭を取て、都に是を常に奉る。夫より義次に鬼頭の姓をぞ賜はりけるとなり。"
また、江戸時代に為朝・義次の子孫"鬼頭景義"は尾張藩の農業開発政策を実施し、膨大な新田を開拓したという。藩主から景義に感謝状が与えられたり、特別な行事が行われたりするほど、大変な功績となった。そして、新田の名は開拓した地主が付けることが多くある。過去の文献でも、春日井市周辺には「鬼ヶ島」や「為朝」の地名が多く残っている。
為朝・義次・景義、それぞれの強さや功績があったからこそ、現在も春日井に「鬼ヶ島公園」という名が残っているのだろう。ここまで考えて名付けるなんて、春日井市の方も相当に愛情深い。
平和な世にも地への愛情を
公園内には、赤と青のベンチもあり、サルとウサギが形取られている。
サルは鬼ヶ島に関連するのでわかるけれど、ウサギはなんでだろう?これは施設担当の方も知らなかった。
公園としては、住宅地の中にあるごくありふれた公園。
そこにただ、
2匹の鬼がいるという日常。
青鬼さんからは、「滑るなら気をつけて滑れよ!」「いつでも気軽に来てくれ!」と、温かな声をかけてくれそうな気もしてくる。
そして、公園外には「とびだし注意ちゃん」もいるから、車にも気をつけよう。
その地を愛するということは、その地を理解するということとイコールなのかもしれない。
過去の偉人たちの苦労や功績があったからこそ、自分たちは今その地で暮らせているのだとしたら、その名をその地に残していくことはとても大切なことのように思う。
「尊敬と感謝」
そういう言葉にも置き換えられそうだ。
どんなことにも忘れないでいたい気持ち。
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*引用・参考
・春日井市役所 建設部 公園緑地課 施設担当様(心からありがとうございます。)
(春日井市ホームページ>市民生活ガイド>文化・スポーツ>春日井の歴史と文化財>郷土誌かすがい>郷土誌かすがい 第41号から第60号>郷土誌かすがい 第58号)
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