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なぜ店前で「食べログ」を見てしまうのか? / 気分と安心 / 自分の目で見た先に

Movie:「居酒屋ふじ」- YouTube

AmazonPrimeでテレビ東京の深夜ドラマ「居酒屋ふじ」を見ていた時のお話。

 

「居酒屋ふじ」は、東京・中目黒(正確には、中目黒・祐天寺・池尻大橋のちょうど真ん中ぐらい)に位置する本当に実在する居酒屋を舞台にしたドラマだ。永山絢斗演じる主人公"西尾栄一"は、芽が出ない役者をやりながらバイトを続ける日々を送っている。心の支えは、スマートフォンアプリ"Instgram"で見つけた一人の女性だった。そんなある日、その女性が一枚の投稿をする。それが"居酒屋ふじ"だった。西尾は近くに住んでいたこともあり、居酒屋ふじの暖簾を潜って物語は進んでいく。

 

なぜお店に入る前に食べログを開いてしまうのか?

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僕は一つの行動に引っ掛かりを覚えた。冒頭の動画を見てもらえればわかるが、西尾は居酒屋ふじの店の前まで行き、お店に入るかと思いきや、「食べログ」を確認するのだ。

食べログには、お店の詳細や、どこかの誰かの感想が書かれている。レビューを見て、「このお店は大丈夫だろうか?」という不安を解消する。けれど、この"大丈夫"とは、何に対して大丈夫なのだろうか?その理由を考えていきたい。

 

気分とリアルタイム性

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まず1つは、お店の詳細を確認するためだろう。

何時までやっているのか、料理の値段は今のお財布に合っているか、料理の雰囲気は好みに合っているか、などを確認するためだ。そう、そこには「今の状況や気分に合っているか?」という、お店の前まで行ってからでないとわからないリアルタイム性があると思う。スマートフォンが普及し、超・超・情報過多な状況になっている世の中で、人の気分はとても移り変わりが早くなっている印象がある。だからこそ、その"今"と合致するお店であるかを確認する必要があるのだろう。

 

安心と責任転換 

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ただ、今の気分以上の理由があると僕は考えている。それが「失敗したくない」という不安だ。

逆を言えば、"安心感を得るため"ともいうのかもしれない。お店に入るというのは、お金を使い、時間を消費するということだ。居酒屋であれば、5000円前後を払い、1時間から3時間は滞在することになる。だから「絶対に失敗はしたくない。」「食べログに正解が載っているのであれば、事前に確認したい。」という不安を拭う為に、食べログのレビューを見る行動に走る。そして、どこかの誰かが行った時のレビューを読み、後押しをもらう。レビューに少しでも嫌なことが書いてあれば、お店の目の前まで行きながらも、何事もなかったかのように入ることをやめることもあるだろう。実際に僕もそういう行為を行ったことがある。

でも僕は、ドラマ居酒屋ふじを見て、第三者的に食べログを見る行為を見て、とてつもない寂しさと矛盾を感じてしまった。思うのは、食べログのレビューは、自分に当てはまるものなのだろうかということと、どんどん現代人は「自分で判断する」ということができなくなっていくなということだった。

レビューはあくまで自分とは違う他人が、自分とは違うテンションの時に、お店にいた時の感想を書いたものだろう。全くもって自分ではないのだ。だから、いくらレビューに悪いことが書いてあっても、自分が入った時はいいと思うかもしれないし、自分の好みには合っているかもしれない。

そして、お店に入る最終判断を食べログに任せるということは、責任転換が行われていることでもある。自分で決めたのではなく食べログに書いてあったから、失敗しても食べログのせいにできる。自分は悪くないという、自己肯定ができる。そこにある懸念は、現代人は、どんどん自分で判断する能力が低下することでもあると思う。社会問題?までいくかはわからないけれど、確実にあなたの日常生活の中でも、自分で考えることができず、自分で判断ができない人がちらほらいると思う。それは遠からずも食べログも影響の一つとしてあるかもしれない。

 

自分で選んだお店の雰囲気を感じてみる

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先日引っ越しをしたので、区役所にいくことがあった。ゴールデンウィーク前後だったこともあり、待ち時間が長くなってしまったので、ちょうどお昼時だったこともあり、どこかでお昼ごはんを食べようと思った。今日書いたことを考えていた時期でもあったので、「一切スマフォを見ずにお店を決めよう」と商店街を歩くことにした。

歩いていると、どのお店も色々な看板を出して、ランチメニューを紹介していた。きっとスマフォを見ていては、こんなに看板があることに気づかなかっただろう。看板を見て、店構えを見て、お店の中やお客さんのいる雰囲気を自分の目で確かめていった。ハンバーグ、パスタ、からあげ定食、中華料理に沖縄料理にタイ料理、色々なご飯処があってとても楽しかった。そして、自分の責任で、その中の一つを選ばないといけない。そこで選んだのが、昔ながらにやっている蕎麦屋さんだった。横に開く扉を開けると、20人ほどのカウンターとテーブルの席があり、お客さんは2人。定員は、ベテランのおじさん料理人が2人と、お水出しや会計をするお母さんが1人。テレビではヒルナンデスが流れていて平日の昼だなという雰囲気。そして、ついた席の椅子もカウンターも、じっくり時間を経過してきた木でできていた。

正直僕は蕎麦が得意ではない。小さい頃に吐いたことがあるので、決してアレルギーではないし食べられるのだが、進んでは食べたくないという感じだ。じゃあ、なんで蕎麦屋に入ったんだ!とツッコミが入りそうだが、カツ丼に惹かれてしまったのだ(蕎麦屋の出汁が効いた丼物って美味しいじゃないですか!)。

出てきたカツ丼は理想通りの絵をしていて、味も美味しく、心と体を満たしてくれた。

 

食べログはとても便利だ。失敗する可能性を下げてくれる。けれど、誰かの助けじゃなく、自分の気持ちに従ってお店を決めることもとても大切なように思う。きっとそこには、自分でしかわからない喜びや楽しさがあるだろう。もちろんお店に失敗することもあるだろうが、別に笑い飛ばせばいいじゃないか。

 

 

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*参考/引用

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